東京地方裁判所 平成2年(ワ)9939号 判決 1992年7月07日
原告
川島洽雄
被告
池袋交通株式会社
主文
一 被告は、原告に対し、一三四七万七〇七六円及びこれに対する昭和六二年一〇月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の、その余を被告の各負担とする。
四 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告に対し、四一八三万〇一九二円及びこれに対する昭和六二年一〇月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行宣言
第二事案の概要
一 本件事故の発生(争いなし)
<1> 日時 昭和六二年一〇月二五日午前四時三五分ころ
<2> 場所 東京都新宿区大久保一丁目一番三号先路上(以下、「本件事故現場」という。)
<3> 態様 訴外伊藤正志の運転する被告所有の事業用普通乗用自動車(タクシー)が歩行者である原告に衝突した。
二 責任原因(自動車損害賠償保障法三条本文、争いなし)
被告は、被告車を保有し、これを自己のため運行の用に供していた。
したがつて、被告は、原告に対し、自動車損害賠償保障法三条本文に基づき、後記認定の損害(遅延損害金を含む。)を支払うべき義務がある。
三 損害
1 本件事故により、原告は、両側肋骨多発骨折、両側外傷性血気胸、右鎖骨・右肩甲骨・右橈骨小頭・右舟状骨骨折、右臀部軟部組織欠損、右母指軟部組織欠損、右正中神経切断、右手屈筋腿断裂、右手挫滅創の傷害を受けた(甲四の一ないし三)。
2 原告は、右受傷により以下の損害を被つた旨主張する。
<1>治療費(東京女子医科大学病院)三九一万五六〇〇円
<2>入院雑費(1200×117) 一四万〇四〇〇円
<3>付添看護費(4500×117) 五二万六五〇〇円
<4>通院交通費(580×94) 五万四五二〇円
<5>右手親指、人差指の再手術費 一三万〇〇〇〇円
<6>休業損害 三一三万六〇〇〇円
期間 昭和六二年一〇月二五日から症状固定日である平成元年一月一四日までの四四八日
日額 七〇〇〇円
<7>後遺障害による逸失利益 四四二九万五七八九円
自動車損害賠償保障法施行令二条別表の九級に該当する。
(労働能力喪失率三五パーセント)
四二歳から六七歳まで、賃金センサスによる四二歳の年収五三一万五五〇〇円を基礎に毎年五パーセントの定率昇級するものとしてライプニツツ方式で現価を算出する。
5315500×35%×23・8095=44295789
<8>慰謝料 一〇三八万〇〇〇〇円
内訳
傷害慰謝料(入院四月、通院期間一七月) 二三八万〇〇〇〇円
後遺症慰謝料 八〇〇万〇〇〇〇円
前記九級相当の後遺症のほか、臀部を中心とした外貌醜状に対する慰謝料
<9>合計 六二五七万八八〇九円
3 原告主張の過失相殺率
二割 相殺後の金額 五〇〇六万三〇四七円
3 填補額(争いなし) 一二〇三万五六〇〇円
4 原告主張の弁護士費用 三八〇万二七四五円
5 請求額合計 四一八三万〇一九二円
四 争点
被告は、「原告は本件事故当時、相当程度の飲酒により酩酊状態にあり、道路上に寝ていた。仮にそうでないとしても、本件事故は片側三車線の中央車線において発生している。」として、原告の損害の六割を過失相殺すべきである旨主張する。
これに対し、原告は、「原告は本件事故現場においてタクシーを止めるため佇立していたところをはねられた。」として、過失相殺率について、前記のとおり多くとも二割に止まる旨反論する。
従つて、本件争点は、過失相殺率、とりわけ、原告が被害に遭つた際の状況(路上横臥か佇立か)である。
第三争点に対する判断
一 損害
1 治療費(甲七の一ないし四、乙三の一ないし六) 三九一万五六〇〇円
2 入院雑費 一四万〇四〇〇円
弁論の全趣旨によれば入院雑費として一日一二〇〇円が相当であり、これに入院日数一一七日(乙三の一ないし六)を乗ずると右額となる。
3 付添看護費 五一万七五〇〇円
原告本人尋問の結果(以下、「原告」と表示する。)によれば、近親者による看護が行われたのは一一五日であり、弁論の全趣旨によれば右付添看護費として一日四五〇〇円が相当であるから右額となる。
4 通院交通費(甲七の二、五、甲一七、乙三の四) 五万四五二〇円
5 再手術費
右を認めるに足りる証拠はない。
6 休業損害 二五二万〇〇〇〇円
証拠(甲八、原告)を総合すると、原告は昭和六二年一〇月二六日から株式会社富士通ゼネラルにおいて、日給七〇〇〇円でアルバイトとして勤務予定であつたことが認められ、また、休業期間は、前記認定の原告の受傷状況や入通院状況、更には定休日である日曜日(甲一七)のほか祝日等の勤務はなかつたと推認されることを総合すると、症状固定日である平成元年一月一四日まで(四四七日間)のうち三六〇日とするのが相当である。従つて、休業損害は右額(7000×360=2520000)となる。
7 逸失利益 一七二六万八八八二円
証拠(甲五の一、二、甲六、一二、一三、原告)によれば、原告(昭和二一年一〇月一八日生まれ、本件事故当時四一歳)は、高校卒業後、日本国有鉄道に入社し、昭和六二年四月、国鉄の分割民営の際希望退職したものであるが、その当時、国鉄時代と同程度の条件の会社への再就職も可能であつたが、日給七〇〇〇円のアルバイトをしながら適当な会社を探していたところ、本件事故に遭つたこと、退職前の給与は年収四〇八万四二四五円であつたこと、本件事故により右肩痛、右胸痛、右手機能障害、右二、三指知覚麻痺、右臀部醜状、右大腿醜状の後遺症を残し、右手の親指、人差指、中指が曲らず、また右手が完全には上まで上がらない等によつて日常生活上も不都合が生じていること、現在はアルバイトで生計を立てていることが認められる。右によれば、まず、基礎とすべき年収としては、国鉄退職時の年収とするのが相当である。そして、原告は症状固定日(四二歳)から就労可能な六七歳まで右収入の三〇パーセントを減ずるものというべきである。従つて、ライプニツツ方式により本件事故時の逸失利益の現価を算定すると右額となる。
4084245×30%×14・0939=17268882
なお、原告は賃金センサスによる算定及び年五パーセントの定率による昇級を考慮するよう主張するが、いずれも、原告の損害とすべき逸失利益の算定においては、蓋然生に乏しく、採用の限りでない。
8 慰謝料 八〇〇万〇〇〇〇円
原告の受傷内容、後遺症の内容・程度、入院期間(一一七日)、通院日数(九四日)等諸般の事情を考慮すると、受傷による原告の精神的苦痛を慰謝するには二〇〇万円、前記後遺障害に対する慰謝料として六〇〇万円が相当である。
9 損害額合計 三二四一万六九〇二円
二 過失相殺
1 本件事故の概括的状況
証拠(甲三、甲一一の一、乙二、原告)によれば以下の事実が認められる。
本件事故現場は別紙現場見取図のとおりであり、歩車道の区別があり、また、中央分離帯がある片側三車線の幹線道路である。本件事故当時、雨が降つていた。
訴外伊藤は、本件事故現場手前二〇六メートル付近で、客扱いのため道路左側で一旦停止し、発進にあたつて前にいたタクシーをかわすため片側三車線のうちの中央車線に変更したところ、左後輪がパンクするような異常を感じたため、左側の駐車車両の切れ目を探して徐行しながら進行した。同人は本件事故現場付近で段ボールを踏んだような異常を感じて直ちに停車したところ、被告車の下に原告が倒れているのを発見した。
他方、原告は、本件事故の前日午後七時三〇分ころから義弟らと飲食店や友人方で飲酒し、一〇月二五日午前三時三〇分ころ義弟方へ行こうとしたが道に迷い、一時間ほど歩き回つたあげく、タクシーを拾おうとして本件事故現場に至つた。当時の原告の服装は黒色の徳利セーターに赤色ジャンパー、黒色のズボンであり、また、傘をさしていた。
本件事故現場は、被告車が進行した中央車線上であり、左側車道端から四メートル(中央車線左端から六〇センチメートル)の地点である。なお、本件事故現場手前から、左側車線には数メートル間隔で駐車車両があり、本件事故現場の左側車線にも駐車車両があつた。更に、その左側には一二メートル余りにわたつて植込があつた。
2 原告の被害時の状況
被告は、訴外伊藤が、被告車を徐行させながら前方を見ていたのに原告を確認していないこと、被告車の前部には損傷がないこと、原告の負傷部位は臀部より上の部分であつて下肢は受傷していないこと、原告はかなりの飲酒により酩酊していたことを根拠として、原告が本件現場に寝ていた旨主張する。
証拠(甲三、甲四の一、甲一一の一、原告)によれば、確かに、事故直後に行われた前記実況見分における訴外伊藤の指示説明からすると、同人は原告の存在には全く気付いていないと認められるし、また、被告車に損傷がなく、原告の負傷部位は上半身に限られていること、更に原告が相当飲酒していたことが認められるが、しかし、他方、原告が義弟方に行こうとして道に迷い、タクシーを拾おうとしていたこと、原告は、事故前、雨の中、傘をさしていたこと、本件事故現場と歩道との間には植込があり、また、交差点からも二〇メートル前後離れている(甲三)ことが認められ、原告が本件現場にわざわざ至つて横になつて寝ていたという経緯が想定しにくいのであつて、被告主張の事実を推認することはできない。結局、原告はタクシーを見つけるため本件事故現場に佇立していたものであり、訴外伊藤はかかる原告を見落したものと認められる。
3 過失相殺率
前記認定によれば、訴外伊藤には、徐行中、前方を注視し、原告の存在、動静を確認すべき注意義務を怠つた過失が認められるが、他方、原告においても、幹線道路において、深夜、中央車線上にまで出ていた点に落度が認められる。したがつて、以上を勘案すると、原告の前記損害の二五パーセントを減ずるのが相当である。
相殺後の金額 二四三一万二六七六円
三 填補額 一二〇三万五六〇〇円
填補後の金額 一二二七万七〇七六円
四 弁護士費用 一二〇万〇〇〇〇円
五 賠償額合計 一三四七万七〇七六円
六 以上の次第で、原告の本訴請求は、一三四七万七〇七六円及びこれに対する不法行為の日である昭和六二年一〇月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小西義博)
別紙 <省略>